榊󠄀山裕子の主な仕事より
芸術・表象・身体
「球体関節人形」の系譜
文=榊󠄀山裕子
季刊『プリンツ21』2001年春号(第12巻第1号、通巻58号、2001年2月1日発行)
特集「恋月姫 少女繭」プリンツ21 53–56頁
ベルメールから
「球体関節人形」、今回与えられたこのテーマからまず思い浮かぶのは四谷シモンや天野可淡の関節人形であり、その源泉としてのハンス・ベルメールの人形写真である。日本の創作人形に与えたその影響は大きいが、それが一つのジャンルを形成しているというわけではない。欧米では伝統的なアンティック・ドールにおいても現代の創作人形においても、球体の関節あるいはボール・ジョイントは技法の一つであり、それ自体がジャンルとなることはなかった。またベルメールは人形作家ではなくシュルレアリスムの特異な美術家(註1)であり、欧米の人形作家はベルメールに影響を受けて球体の関節を用いることはなかった。
しかし日本では「関節人形」のなかでも「球体関節」(註2)を用いた人形は、滑らかな可動性とその形状が多くの人々を魅了し、創作人形界に留まらない幅広い影響を与えてきたように見える。それ故ここでは一つの実験的な試みとして、ベルメールの人形に何らかの影響を受けて出発した人形作家たちを中心に、現代日本の「球体関節人形」の系譜を辿ってみることにしよう。
裸形の精神
人形作家四谷シモンがベルメールの人形写真との戦慄的な出遭いを経験したのは一九六五年のことである(註3)。彼はこの関節人形に「痙攣」的な衝撃を受け、それまで制作していた人形とその材料を全て捨て、新たに人形を創り始めた。それはまさに無から有を生み出す営みであった。この時彼が訣別したのは、当時日本の創作人形の主流であった主に布を用いた手工芸性の強い人形であったと思われる。欧米においても布はボディの素材として、またボディを覆い飾る衣裳として人形と切り離し難い。
一方ベルメールの人形は裸形として完成している。日本の「球体関節人形」を考える時、この裸形としての表現は重要な要素であろう。それらは必ずしも常に裸体であるわけではないが、裸形においても鑑賞に耐え得る完成度に達していること、またその裸形表現が何かしら作者の精神の反映となっていること、これが日本の「球体関節人形」の他に類例を見ない特徴であるように思われる。
球体とアナグラム
ベルメールの関節人形が創られたのは一九三五年のことである。彼はこの第二の人形を創るに際して、十六世紀ドイツのデューラー派の手になる木製の人形を参照した。それはアンティック・ドールの系譜に属する愛玩用の人形ではなく、人体の正確な形象の伝達を目的とした手足の指にまで及ぶ精巧な関節と、性器にまで至る精妙な描写によるマヌカンであった(註4)。彼にとって特に重要であったのは「関節」の「機能」ではなく「球体」という「形」であった。ベルメールの人形写真を見ると、通常の人体を象ったものは皆無に近く、大抵は腹部の球体を介した下半身同士の結合か、頭部がある場合でも上部の逆さまになった下半身の上に顔が載っている写真が多い。彼の裸形の人形は自ら語るように人体のアナグラムであり、一種の詩的言語である。意味の関節を外された言葉が、日頃使い慣れた言葉の不可解な側面を垣間見せるように、彼の人形は人形が本来持つ「不気味なもの」としての相貌を顕わにする。
ただし裸形といってもベルメールの人形には裸に纏うものがあった。それは少女の白いソックスとメリージェーンシューズである。四谷シモンは、性器描写をその男性像において明確にすると共に、裸に纏うものを少年の履く皮の編み上げ靴と皮の靴下止めに変換した。この局部に凝縮されたエロティシズムは、女性の作り手には明確には見られない要素であり、このフェティッシュな表現は、創作における性差を鮮やかに浮かび上がらせている。
空虚な痛み
裸形としての人形と衣裳を纏う人形、両者の相反する魅力を表現したのは夭折した女性作家天野可淡(1953-1990)である。可淡の人形の衣裳は豪奢であるが華美ではなく、アンティックな趣の厚みのある質感と深い色遣いを特徴とする。四谷シモンは、少年の涼やかさに麻の服と上質の柔らかな皮靴を添え、それは彼の自己探求的な人形に軽やかな香気を与えていたが、可淡において特徴的なのは、衣裳が醸し出す「少女的なるもの」の濃密さと、裸形になった時のヒトガタの空虚さとのコントラストである。可淡の裸形の少女たちは痩せて、時には骨が浮き出て、その表情は何かの「痛み」に耐えているように見える。しかしそれは痛々しくはない。可淡の人形の最大の特徴はその目である。それは表情を持たず、あるのは強烈に乱反射する光ばかりで、感情移入は跳ね返される。それがこの人形の秘密である。それ故この目の光が効いていない時には、裸形表現は「痛み」そのものから、他者から見た少女的なるものの「痛々しさ」へと容易に移行する。
一方可淡人形の写真を撮った吉田良一の人形は、少女の変化(へんげ)の企みに憧憬の目を注いでいた少年の眼差しを彷彿とさせる。多くの人形作家を育てた師として特筆に値するのはその眼差しの故かもしれない。
解体と再生
清冽な「痛み」の表現、それは秋山まほこの白い人形にも形を変えて顕われる特徴である。愛を全身で求めているように見えるその人形は、強く抱きしめれば粉々に壊れてしまいそうな痛みを発して、触れようとする人の手を戸惑わせる。だがそれは、実は壊れたところから創り始められていたのかもしれない。関節は壊れた魂を、球体は再生を表わすのに適している。ベルメールにおける人形の解体と再構築はその反復的な再現に他ならない。
「球体関節」の可動性は、しばしば対象を自由に操る操作性の魅惑として語られてきた。しかし日本の代表的な「球体関節人形」は、この「愛玩」的要素に対して両価的(アンビヴァレント)な態度を保ち続けてきた。このことを指摘する時、技法として球体の関節を使うことは決して多くはないが、四谷シモンと同時期にベルメールのラディカルな精神の一端を受け継いで独自の「愛玩拒否」の人形を制作していた土井典を、「球体関節人形」の精神的系譜にとって重要な女性作家として挙げておきたい。
上気する身体
一方、近年の関節人形はベルメール的源泉から次第に離れつつある。その原因の一つはビスク・ドールの流行にある。アンティック・ドールに用いられたビスク(註5)は、セルロイド等の新素材の普及と共にすたれ、その製法の継承も一度途絶えた。しかし二十世紀後半になって復活し、近年、硬質で滑らかな質感に惹かれてビスクを用いる創作人形作家が日本でも欧米でも増えている。オール・ビスクで人形を制作することは、愛玩を目的とした伝統的な「人形」の方へと創作の姿勢を移行させ、自己探求的な要素は次第に影を潜めていくことになろう。ここではビスクを創作に用いた先駆的存在の一人として三輪輝子、まだ未知数ながら現代少女の表現に新味を感じさせる月光社(つじとしゆき)を挙げておきたい。
恋月姫もまた数年前から石塑粘土からビスクへと素材を変えてきているが、彼女の場合、興味深いのは、生きているような透明感と血の気を感じさせるビスクの質感を、仄かに妖しいエロティシズムとして表現に結実させたことである。アンティック・ドールにおけるビスクの技術の真髄は顔に集中していた。恋月姫はこの技術をオール・ビスクによる全身の表現に置き換えた。その時この赤みには、全身のエロティシズムとしての上気する身体という意味が付け加わった。ベルメールに始まる日本の「球体関節人形」の裸形表現と、ビスク・ドールの生きているような質感はこの恋月姫の少女人形において交差していると言えるかもしれない。
恋月姫の人形にはもう一つ交差する要素がある。それは未成熟と成熟である。人形の形象は「少女」である。しかし上気した身体が発する官能は「少女」の夢魔ではなく恍惚の後の「女」の微睡みである。成熟は人を不安にさせる。それ故少女的形象は、見る男にとっても見られる女にとっても格好の欲望の器となる。
欲望の器
「少女」という形象を好んで欲望の対象としてきた日本的な視線の構造の中で、人形に託された「痛み」や「悦び」は、他者の「痛々しさ」に変換されて消費されてきた。ベルメールの少女人形もそのような欲望の対象物と考えられてきた。しかし我々が実際に見ていたのは人形の写真であった。彼は視線の欲望のメカニズムを自ら写真を撮ることによって顕わにした。ラディカルに解体されていたのは人形=少女という「対象」である前に、実は主体の眼差しの方だったのである。だとすればベルメールから始まる「球体関節人形」が、「少女」という形象との耽美的な戯れの内に終息してしまうか否かは、そこに視線を注ぐ我々が我々自身の欲望とどう真向かうことができるかにかかっているのかもしれない。
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註1 日本におけるハンス・ベルメール(1902-1975)の人気の高さは澁澤龍彦の紹介に依るところが大きい。一方海外でのハンス・ベルメール評価は、八五年の英語の評伝、美術批評最前線のオクトーバー派の論客ロザリンド・クラウスやハル・フォスターの論考、昨年から今年にかけての精神分析、美術史の観点からの研究書の相次ぐ出版などで、新たな展開を見せつつある。
註2 一般に日本で「球体関節」と呼ばれている人形の関節部位の形状、接合の仕組みは、作家の創意に委ねられており様々である。
註3 この写真は雑誌『新婦人』(文化実業社)に澁澤龍彦による紹介記事と共に掲載された。
註4 当時ベルリンのカイザー・フリードリッヒ・ミュージアムに所蔵されていたこの人形は、画家や画学生のデッサン用の人体模型であったと言われている。また医学用の人体解剖模型として使われたという説、性的な目的に供されたことを示唆する説もあるが、この最後の説に関してはその信憑性が疑問視されている。
註5 高温で焼成した素焼きの磁器に彩色し、もう一度(実際には複数回繰り返すことが多い)低温で焼く技法。全ての部位をビスクで制作したものをオール・ビスクと呼ぶ。
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*ウェブ掲載にあたり、図版は省略し、ルビは括弧内に示した。註の「昨年から今年にかけて」は初出時(2001年)を基準とする。吉田良一は現在「吉田良」の名で活動している。